日記のような、批評のような、随筆のような、思索のような、戯言のような。

「相棒」は何処に
僕がこの秀逸なドラマを目にしたのは、まだ「土曜ワイド劇場」でのみOAされていた頃に遡る。
現在シーズン7が放映中であるから、随分と長い付き合いである。
このドラマの見所のひとつは、スタート当初はギクシャクしていた「右京さん」と「亀山君」の関係性が軽妙な掛け合いに見られるように次第にこなれてきて、それぞれが相手の個性を認知した上で欠点を補完し合い、そればかりかコンビとしての能力に、単なる上司と部下という関係性を超越した相乗効果をもたらすまでになっている点にある。それは今シーズン第9話「レベル4〜後篇・薫最後の事件」に結実していると言ってよい。
だとすれば、「亀山君」が不在となった今、このまま「相棒」と名乗ってストーリーは継続していいものか。あるいはこのまま1クール、「亀山君」不在のまま終わるのか。
無論スタート時から今シリーズに至るまで、事件の発端から解決に至るプロセスは「右京さん」を中心軸に展開する。ただ、やはり「右京さん」の相棒は「亀山君」であり、「米沢さん」でも「伊丹」でもない。
とにかく物足りなさを感じるのは、「右京さん」という台詞が消滅したことである。
僕たちファンは今シリーズをもって「亀山君」=寺脇康文がこのドラマを卒業するという事実を予め知っていた。ただ、今後も「相棒」を「相棒」として接していくには、どこかに「亀山君」の存在を感じていたいというのも偽らざる心情である。そもそも僕は「刑事貴族」の本城慎太郎と藤村亮の遠い記憶から、水谷豊と寺脇康文の共演に「相棒」の成功を確信していたのだ。
「亀山君、行きますよ」
「行きますかあっ」
この高揚感を僕たちは二度と味わうことはできないのだろうか。
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Author:如月十三(きさらぎじゅうぞう)
カバのように動じない。
カバのように思考する。
カバのように行動する。
カバのように調和する。
それが、わたしだ。
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